2011年05月17日
奇跡を感じる仏様 龍潭寺(りょうたんじ)
浜名湖 湖北の寺巡り
三ケ日インターより車で25分ほどで
豊かな自然に囲まれた、臨済宗 龍潭寺(りょうたんじ)に着きます。

歴史は古く、天正5年(733)に行基菩薩によって開創されたと伝わる。
禅宗となったのは室町時代末期です。
井伊家四十代を祀る菩提寺でもあり、幕末に開国の偉業をなしとげた井伊直弼は36代目。
丈六の仏 木彫寄木造り
釈迦如来坐像、身丈 2.80m(総丈台座共3.55m)
享保14年(1729)建立。
明治時代の廃仏毀釈(寺などを壊す。)の際、仏様のお堂が壊されました。
子供達が、この大きな仏像にのぼり、いたずらして傷つけたりこすったりしたそうです。
そんな廃仏毀釈の証であり、傷が無数にある釈迦如来様なのですが、優しくて穏やかな表情をしています。
いたずらはされても、壊されることの無かった仏様。
もしかしたら、子供達は、いたずらではなく、仏様と一緒に遊んでいたのかもしれません。
仏様は、穏やかに子供達を見ていたのではないかと感じました
琵琶湖出現仏 十一面観音様
この十一面観音様は、江戸時代、琵琶湖で投網をしていた漁師さんが、三体の仏像を
見つけ、お殿様に差し出し修理した仏像の一体を井伊家に寄進されたのだそうです。
織田信長の比叡山攻撃の際、琵琶湖のお寺も火をつけられたのですが、その際、火から仏様を
守る為、琵琶湖に沈めたのだそう。
また、こうしてお参りできるということは奇跡です


堂々としていて、そして微笑んでいます
長い時を、琵琶湖の水の中にいらっしゃったことを想像してみます。
私が今ここで、こちらの十一面観音様とお会いできたこともまた奇跡です。

小堀遠州作の庭園。江戸時代初期に本堂北庭として築かれた池泉鑑賞式庭園。
中央に守護石、左右に仁王石、正面に礼拝石(坐禅石)が配され、更に池の型が心字池となっています。
美しい
とてもつもなく、癒されます

廃仏毀釈をくぐりぬけた釈迦如来様、琵琶湖から引き上げられた十一面観音
様に出逢えたこと。
どちらも今は穏やかなお顔でそこにいらっしゃること、胸うたれました。
龍潭寺 浜松市北区引佐町井伊谷1989
三ケ日インターより車で25分ほどで
豊かな自然に囲まれた、臨済宗 龍潭寺(りょうたんじ)に着きます。

歴史は古く、天正5年(733)に行基菩薩によって開創されたと伝わる。
禅宗となったのは室町時代末期です。
井伊家四十代を祀る菩提寺でもあり、幕末に開国の偉業をなしとげた井伊直弼は36代目。
丈六の仏 木彫寄木造り
釈迦如来坐像、身丈 2.80m(総丈台座共3.55m)
享保14年(1729)建立。

明治時代の廃仏毀釈(寺などを壊す。)の際、仏様のお堂が壊されました。
子供達が、この大きな仏像にのぼり、いたずらして傷つけたりこすったりしたそうです。
そんな廃仏毀釈の証であり、傷が無数にある釈迦如来様なのですが、優しくて穏やかな表情をしています。
いたずらはされても、壊されることの無かった仏様。
もしかしたら、子供達は、いたずらではなく、仏様と一緒に遊んでいたのかもしれません。
仏様は、穏やかに子供達を見ていたのではないかと感じました

琵琶湖出現仏 十一面観音様
この十一面観音様は、江戸時代、琵琶湖で投網をしていた漁師さんが、三体の仏像を
見つけ、お殿様に差し出し修理した仏像の一体を井伊家に寄進されたのだそうです。
織田信長の比叡山攻撃の際、琵琶湖のお寺も火をつけられたのですが、その際、火から仏様を
守る為、琵琶湖に沈めたのだそう。
また、こうしてお参りできるということは奇跡です



堂々としていて、そして微笑んでいます

長い時を、琵琶湖の水の中にいらっしゃったことを想像してみます。
私が今ここで、こちらの十一面観音様とお会いできたこともまた奇跡です。

小堀遠州作の庭園。江戸時代初期に本堂北庭として築かれた池泉鑑賞式庭園。
中央に守護石、左右に仁王石、正面に礼拝石(坐禅石)が配され、更に池の型が心字池となっています。
美しい



廃仏毀釈をくぐりぬけた釈迦如来様、琵琶湖から引き上げられた十一面観音
様に出逢えたこと。
どちらも今は穏やかなお顔でそこにいらっしゃること、胸うたれました。
龍潭寺 浜松市北区引佐町井伊谷1989